―数学科 楫研究室―

研究室をのぞいて見ると... (『塔』69号より)


1. どんな研究室か?
 早稲田が世界に誇る高層建築(!?)、51号館の最上階に位置します。研究室からの眺望は抜群で大気の澄んでいる日には横浜のランドマークタワーが遠くに見えます。難点は、講義や食事の際など“下界”との往復に時間がかかることや、窓を開け放しておくとハトが部屋に巣を作ってしまうことなどです。
 研究室内は、私の性格に反して、混沌乱雑を極めており学生からは「も少し部屋、片付けた方がいいっスよう」と言われたりしています。ほとんどは文献、ノート、パソコン等で占められていますがその他、不可解なことに、おでんを優に20人分は煮込めそうな大鍋やカセットコンロがいつの間にか置かれています。
 研究室所属のメンバーは、学部生4名、修士6名、博士1名、そして、現在は幸運なことに、助手が2名います。

2. どんな研究をしているか?
 “代数幾何学”という数学の一分野を研究しています。これは多項式の零点の集まりで定まる図形―代数多様体―の幾何学を意味し、高等学校の『代数・幾何』とは別物です。平面上の直線や2次曲線も極端に簡単ですが代数多様体の例となります。代数多様体はあくまでも多項式で定まる素朴なものですが、変数の数、多項式の数が増えるに従い、その解析は急激に難しくなります。
 代数多様体は多項式で記述されるためいろいろな計算をきわめて具体的に実行できます。そこが代数幾何学の醍醐味と言えますし、またそのために「代数幾何学は実験科学だ」とも言われています(ここで言う“実験”とはもちろん、具体的計算を指します)。以前はもっぱらノート上での手計算のみでしたが最近はパソコンなどの能力も少し前に比べると飛躍的に伸びてきて、4、5年前ではとても手が着かなかった計算の中には数式処理ソフトを用いてパソコン上で簡単にできるようになった例も少なくありません。しかしそうは言っても計算機に載せるまでには予備的な、これまでと同様の手計算が不可欠です。
 ただ、代数幾何は実験科学だ、と言っても、他のそれらとは違い(符号理論への応用を除いては)ほとんど世の中の役には立ちません。研究する動機は、代数幾何学はそれ自身が悦び、だからです。

3. どんな活動を行っているか?
 学部・修士課程1年前半は代数幾何学の一般論だけでなく、さまざまな“実験技術”を習得し磨いてゆくためのセミナーを毎週行っています。修士1年後半からは各自思い思いにテーマを見つけ、関係する論文の講読を始めます。このセミナーには博士課程以上のメンバー全員が出席します。論文講読と並行して、習得した基礎知識、“実験技術”を基に研究を始めることになります。具体的には各自、作業仮設を立てて、いろいろな“実験”を通してその吟味検証を行うことにより、新しい真理の発見を目指します。当研究室では主に、代数曲線、射影多様体、代数多様体上のベクトル束や特異点に関する研究に人気があります。
 毎週のセミナーだけでなく研究発表会を年4回行っています。どんなに簡単なことでもよいから、自分で発見した定理、自分で構成した例など、研究室に所属する一人一人が面白いと思ったことを発表する場としています。
 教育のためのセミナーとは別に毎週火曜日と金曜日にそれぞれ“特異点セミナー”と“射影多様体セミナー”を行っています。博士課程以上のプロの研究者用のセミナーで、学内だけでなく近隣の(と言っても、群馬や金沢から駆けつけてくる人もいますが)研究者がその構成メンバーです。大学間の垣根を取り払い、共通するテーマを追究する研究者達が互いに議論し合い、そして、刺激し合う場として重要な位置を占めています。
 またこれらのテーマで今までに2回早稲田大学に於て、関東圏内そして日本全国の研究者による代数幾何学研究集会を主催してきました。陰での、研究室所属メンバーの献身がなければとても実現できなかったことだと思います。

4. 研究室所属メンバーの肉声
 [学部4年手塚雄] 私は今、代数幾何のさわりのさわり辺りを勉強しています。具体的にいうとR. Hartshorneという人の書いた名著Algebraic Geometryの練習問題を自分で解いて週1回のゼミで発表するという形をとっています。問題を解かないとゼミでやることがなくなってしまうので必死にやらざるを得ないわけですが1週間以上同じ問題を考えてもほとんど進まなくてうんざりということもあり、また解答がつくれてもしっくりこなくて何となく気持ち悪いということもあり、そういう時の発表ではやっぱり先生のつっこみが入ってゼミの最中に自分が何をやっているのか訳がわからなくなってしまうことがしばしばあります。たまにはいい感じで問題が解けることもあり、そういうときにはここぞとばかりに自己満足にふけります(それすら実は不十分だったということもよくある)。楫研のゼミはこんな具合でやっています。つっこまれた時にもうちょっとはましなことを言い返せる様になりたい!と思っている今日この頃です。
 [修士課程2年石井学] 先生がどんな人かというと、一番強く感じるのは“厳しい”ということです。この厳しさは勉強することや発表することなど、すべて学生に自主性を求めてくるという点で感じるのですが、自主性というものは数学に限らずどんな場面でも大事なもので、そういった意味ではこの厳しさは大変ありがたくもあり、自分も見習いたいものだと思っています(持ち上げすぎ?)。しかし普段(ゼミ以外)は、先生が若いということもあって厳格で近寄り難いといった感じはありません。ですから、代数幾何に興味があるという方は、研究室に入る入らないは別にして、安心して楫研に遊びに(勉強しに)来て下さい。
 [修士課程2年大倉哲相] 楫研に入るとまず読むテキストが“Introduction to Commutative Algebra”(Atiyah & Macdonald著)。これは代数幾何学に必要な可換環論について書かれた本です。これを読んで基礎体力をつけたところで世界中の代数幾何学者達のバイブル(本当か?)“Algebraic Geometry”(Hartshorne著)を読み、それから自分の興味のあることを研究していく、というのが今までの楫研の学生達皆が通ってきた(又は現在通っている)道です。代数幾何学に興味がある、或いは、楫研で勉強したい、という方はまずこの2冊を眺めてみてはいかがでしょう。他にはどんな本があるのか、という方は是非、楫研へいらして下さい。代数幾何学に関するいろいろな本を見ることが出来ますよ。
 [助手大野真裕] 学部のゼミでは、学生さんの能力に依りますがある程度以上であればHartshorneのテキストを輪読し練習問題を可能な限り全部解くというのがしきたりになっています。平均レベルの学生さんにとっては厳しいゼミだと言えるでしょう。しかし、我こそはと思う学生さんにとっては代数幾何自身の面白さと相俟って張り合いのある面白いゼミになると思います。研究発表では他のメンバーから細部に亘って徹底して質問されるという伝統があります。修士課程に進んでからしばらくすると論文を読むことになります。どの論文を読むか、何をテーマにして修士論文を書くのか等は全て学生さんの自主的な選択で決まります(もちろんアドバイスがないと言う意味ではありません)。論文講読をするようになると伝統の“質問ぜめ”がますます顕著となり漫然と読んでいるだけでは済まなくなるでしょう。という風なゼミですがその他に楫研では“ワインとチーズの日”等、年に数回種々の懇親会が開かれます。楫先生につくことによって、お酒についても学ぶことが出来ます。

[1997年5月23日]
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