Rio通信: アパガォン


4月の頃だったと思うが, テレビでたびたびロウソク工場の様子が映し出されているのを見た. アナウンサーが何を言っているのかチンプンカンプンで, どういうことか判らなかったけれど, ある日IMPAの食堂で友人がアパガォンについて教えてくれた.

以前からブラジルでは電力不足について取り沙汰され来たのだけれど, 政府はそのための計画的投資を怠って来た. ブラジル国内, 特に都市部で必要な電気を賄うのに十分な発電所を建設せず, また, 地方の電力豊富な地域から大都市への電力供給ラインを十分確保をせず, 今日に至っている. たとえば, ブラジル南端にあるイタイプー発電所ではダムは満水であり発電量は十分だけれども, リオやサンパウロなどのブラジル南東地域での電力不足に対応して送電するに十分な設備が無いそうである (何のために広大な森林を水没させたのか?).

ここ何年かは綱渡りのような状態で, ただただ運良く深刻な問題に直面することは無かったが, とうとう今年2001年に来て問題が表面化したとのこと. とにかく電気が足らない, 1999年, 2000年の降水量が少ないため, 今年はもう十分な発電ができない. それで, 全国民に節電を呼びかけ, とうとう6月からは計画的に停電にすることにしよう, ということになったらしい. そう言えば, いつの間にか, IMPAの自分の研究室の蛍光灯も半分外されている. 5月14日の「エネルギー危機管理・運営会議所」の席上でカルドーゾ大統領は, 私はつい最近までそんなことは全然知らなかった, 虚を突かれて全く意外であった, ということをおっしゃる大らかさである.

‘アパガォン’とは, 消す, という意味の動詞, apagar (アパガール) から派生した言葉で, 停電, しかも大きなものを意味する. 辞書に出ていないので新しい言葉かと思ったが, 正式な言葉でなく, 『大停電』を意味するスラングの一種かニックネームとのこと (小さな停電なら, ‘アパギンニョ’とでもなるらしい). 一日に2時間から4時間強制的節電として, 計画的に停電にしよう, という提案がなされ, これを受けて街では, 懐中電灯やらランプ, ロウソクがどんどん売れているらしい. 自分も何人かの友人から, ロウソクなどを買っておいた方がいい, とアドバイスされた.

その後, 各家庭に割り当て電力量を規定し超過消費量に対しては最高45倍の罰金!を課すなど, いろいろな噂も飛び交ったようだが, 結局, 5月末の政府の公式発表よると, 6月1日から各家庭に対しては,

  1. 電力消費を一カ月あたり200KWh以下に押さえること. 200KWhを超過した部分に対しては, 電気料金について段階的に200%までの罰金を課す.
  2. 昨年の5,6,7月の電力消費量の平均を基に, 各家庭では20%減の節電を行なうこと. 違反した場合は強制的に, 翌月のある3日間, その家庭に対する電力供給の差し止めを行なう. 2カ月続けて違反した場合には, 更に翌月6日間の電気差し止めを行なう. ...
というもの. たとえば, 6月に300KWhの電力を使ったとすると, 超過分100KWhについては罰金としてその50%増, 50KWh分が上乗せされ, 合計350KWh分の電気料金を払わされることになる (500KWhを越えると200%増). そして, さらに, この300KWhが昨年の5,6,7月の平均電力使用量の8割を越えているならば, 7月には3日間電力を止められてしまう, という具合 (7月にも20%節電が実行できなければ8月には6日間電力を止められてしまう).

自分の場合, 一カ月に200KWhは使わないので (真夏のクーラーを使っていた時期でさえ170KWh弱だった), 罰金は払わなくて済みそうだが問題は, 昨年のデータを基にした20%減の節電である.

新聞にはこの20%節電に関連して, 平均的家庭において, 電力使用量のうち代表的な電気製品の占める割合などが記事として載っている. また, 具体的節電方法として聞いたのは, 冷蔵庫が2つある家庭では一個は使わないようにするとか, メイドにはアイロンはもう使わせないようにする, 白熱灯を蛍光灯に替える, などなど. 街では懐中電灯ロウソクに替わって今度は, 蛍光灯が馬鹿に売れているようで, 蛍光灯が値上がりする始末. また, ランプは売り切れだそうである. ムダ使いの対処法として極端なのは, 電気を大量に食う電子レンジはコンセントを抜くだけでなく, コード自体をチョン切ってしまうというのも聞いた (コンセントから抜いただけでは, 子供やメイドなど深刻さを理解しない人間がコードを差して使ってしまうから).

ある友人は, 「どうやって20%節電するかまだ全然対策は考えていないけれど, 電気を止められるとなったら, どこかに旅行しよう! ハッハッハー!!」 とあくまでも楽天的.

電気料金請求書には過去1年分, 各月の電力使用量が記載されている. それによると, 今借りているアパートは, 昨年のこの時期, 空き家になっていた期間が長いらしく, 5,6,7月の平均を計算してみるとたったの120KWh程度 その2割節電を行なえ, というのだから, これは実行しようと思ったら, とても暮らしてゆけない (10月には, 360KWhを越えているのに. 残念). だから, このまま行くと, 7月に3日間電気を差し止められることは必至のようである. 電気料金未払いで電気を止められた, という話は日本でも聞くけれど, まさか在外研究中に電気を止められるハメになるとは思わなかった.

さて, 7月, どこに旅行することにしようか?

後日談: サンパウロ新聞で読み知ったのだけれど, 先日, ある州の連邦裁判所で, 電力不足を理由に強制的停電にするのは違法である, という主旨の判決が下ったそうである. ちょっと前に, もうすこしローカルな裁判所で同じ判断がなされたのだけれど, 政府は節電のための強制的停電を実行する際の障害となるため, 上訴していた (上告? 法律用語はよく知りません: とにかく納得しなかった) 件. 一つの州の裁判所で下された判決とはいえ, それが連邦裁判所なので, その効力はブラジル全土に及ぶとのこと.

やった! と思った. これで, ちょっとくらい電気を使いすぎても, 止められることは無い. そんなバカのことがあってたまるものか. これでこそ三権分立だ, と思った (ブラジルが三権分立なのかどうか知らないけれど). 極東のどこかの国では, 国の犯した犯罪に対して, 政府の顔色を見ながら判決を下したんじゃないか, と勘ぐりたくなる判決が多すぎる. 個人的に, ブラジルは, 何事につけてもイイカゲンな国という印象が強かったけれど, やっぱりやるときはやるんだ, きちんと司法が独立した権力をもっているんだ, と感心した.

で, IMPAの食堂でブラジル人の友人にその話をしつつ, これで大丈夫だよね, ときいてみた. その友人はニコニコしながら, 「問題 (ポイント) は‘裁判’にあるんだよね」と言った.

えっ! それって, どういう意味? ってきいてみると, 「裁判を起こしてから判決が下るまでに, ブラジルでは非常に長い時間がかかる. さらに, 政府は電気を切るくらい違法と知りつつ平気でやるよ」 ということだった. もう, くどい説明は必要ないと思うけれど, 一応, 蛇足を加えると, そんな判決とは無関係に電力は切られるかもしれないし, もしもそれを裁判所に訴えて, 過去の判例を基に電力カットが違法と判決が下っても, 電力が復帰されるまでには少なくとも一年はかかるよ, ということである. それでは何にもならないことは明白である.

司法が行政から独立していることに感心したのだけれど, たしかに, これらは分立しているわけで, 行政も司法から独立している. 政府は政府で, やりたいこと・必要なことは司法が何と言っていても実行する, ということである. うーん, 「分立」ってそういうことか ...

後日談: しばらくして, 電気会社から手紙が来た. 一カ月に使ってよい電気料の通知である. 100KWh とのこと. これはちょっと守れそうにない. 今住んでいるアパートには, 一人暮らしには不必要なほど大きな冷蔵庫がある. このコンセントを抜けば簡単だけれど, ...

あと, これはサンパウロ新聞で知ったのだけれど, 電力不足対策会議は節電対策として今度は, 電圧を引き下げプランを打ち出したそうだ. 何でも, 5%電圧を引き下げるとのこと. もうどうにでもなれって感じ. さらに, この対策会議は, 次に打つ手として, 週休三日間連休制を検討し始めているとのこと. そして, 金曜日と月曜日のどちらを休みにした方が, 節電効果が大きいか見極め中とのことである. 「電気が足らないから, 休みにしてしまえ!」という考え方はスゴイ.

さらに, 屈辱の (?) 後日談: 7月分の電気代請求書が来た. 請求額を見るとなんと, 約4レアイス半 (250円弱). 何かの間違いかと思って明細を見てみたら, 先月, オマエはよーく節電した, ヨろし! ということで電力会社からボーナスを頂き, 一カ月の電気代請求額が, 差し引き日本のバス代に毛が生えたくらいになったという次第. 電気を止められることになったら旅行すればよい, どこに旅行しようか, などと, カリオカ的楽観主義をぶってはいたけれど, 情けないことに結局は, ブラジル政府のアパガオン・ブラッフに屈して, 節電をしてしまったわけである. ...


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