Rio通信: カリオカ, そして, ブラジルの人々


数学者

こちらの数学者は, お国柄かとてもラフな感じである. 日本でのイメージ, または, ステレオタイプとしてのスウガクシャ, という堅い感じがしない. 服装は皆大体, ジーンズかバミューダパンツにTシャツという格好である. そして, 事務員や秘書の人などIMPAに居る数学者以外の人とも, 分け隔てなくとてもフランクにつきあっているようである.

特に驚いたのは, 以前IMPAで開催されたある研究集会の懇親会でのことである. これは, 日本数学会で言うと代数学シンポジウムとなるのだろうけれど, 最新の結果の発表だけでなく, 大学院生のための連続講義なども併せて設けられ, かなり大きな規模の研究集会だった.

で, 懇親会であるが, こちらの音楽を演奏する3, 4人程のバンドが入り, 岩塩のなすりつけられた巨大な牛肉の塊が焼かれ, 食べ放題飲み放題のバーべキューパーティであった. 参加者は主には数学者だけれども, 途中からはIMPAの事務員, 秘書の人なども交じり, 和気あいあいという感じだった.

日本人の自分としては生バンドが入っただけでも, これはすごいな, と思ってたのだけれど, そのうち夜が更けてくると, テーブルや椅子を脇に寄せてスペースを作り, 何をするかと思えば, みんなでダンスを始めた. これには本当に驚いた.

どういう意味なのかよく解らないのだけれど, みなで輪になって, 中央に空き缶を積み上げ, 一人ずつ踊りながらその上をまたぐということを始めた. 日本から行った他の友人とともに輪に引き込まれ, 踊れ, ということになったのだけれど, たとえば, そのリズムに会わせて皆が軽々と踏んでいるステップにしても, 情けないことに全然出来ない. IMPAの専属のドライバーの人が懇切丁寧に教えてくれるのだけれど, ちっともその人のようには脚や身体が動かないのである. あれは情けなかった.

後日談 あれは, 『Na boquinha da garrafa』というダンスだそうだ. 辞書を引いて踊り方と照らし合わせると, 意味がわかってくる.
そのうち, 音楽が変わると, 今度はいわゆる, チークタイムとなった. 数学者も事務員も関係なく, みな楽しそうに踊っている. 友人など, 奥さんの目の前で秘書の人とべったりくっついて踊りつつ, ご機嫌になっている.

とにかく, こちらの人は, 数学者でも (!?) 明るく陽気で, 音楽が鳴れば, 踊り出す, という感じに踊りが好きらしい. 日本の数学者社会のなかで, このような懇親会が考えられるだろうか.

数学者がサンバに合わせて踊るだろうか?

事務の人とチークダンスなど踊ったりするだろうか?

たとえば, 日本の旧帝大の○×大先生や将来有望な△□先生が, 日本数学会の懇親会でサンバを踊っている様子を想像してみよう! (○×や△□には, 旧帝大だけでなくいろいろな大学の, そして, いろいろな先生方の名前を代入し, 各自ビジュアライズしてその光景を味わってみてください. まずは, 指導教官から, どうぞ!)

とにかく, びっくりし, いっぺんにブラジル (の数学者社会) が大好きになった.

ブラジルの人にとっては, このような懇親会はきわめて普通らしく, 特に勢いづいたからこういう展開になった, ということではないらしい.

後日談: これは数学者の話じゃないけれど, へー, って思ったことがある. それは, テレビの番組で, 画面左下には手話での同時通訳が出る. 手話通訳までするのだから, 非常に重要な話をしているわけで, そのあまりの重要さに, ヘー, って思ったというわけではなく, ま, とにかく多分大事な話をしているでしょう, 何の話かさっぱり解らなかったけれど, 驚いたのは, 音楽が鳴り出し, メインの出演者が静かに唄い始めた. すると, どうだろう, 手話通訳の女性は手話をしながらそれに合わせて踊り始めたのである. 出演者が躍っているからそれに合わせて通訳も踊る, というのではなく, 出演者は結構じっとしている. もう通訳の人が独自に勝手に踊っているのである. でも, よく考えてみると, これは, 音楽が鳴っていることを耳の不自由な人にどうにか伝えるため, 通訳者の工夫かもしれない. 単に身体が動いてしまっているだけ, という気もするけど...
後日談: 夫婦で必ずペアになり踊る, なんていうのは如何にも頭の堅い日本的発想らしい (本当は違うかもしれないけれど). たとえば, バー等でサンバが演奏されていると, よその男性が旦那の方にあなたの奥さんと踊らせてくれない? いいかい? なんて聞いてきたりする. これは, 聞かれた方としてはどんな感じなんだろう?
「やっぱり, 彼女, 魅力的だからな, ぐふふふ」
って思うのか, それとも,
「断わるのもオトナげないからな, まっいいか. 俺, オトナだもんナ」
って思うのか. はたまた,
「気安くひとの女房を誘いやがって! くっそー!!」
って思うのか. 自分は独身だから何とも言えないけれど...
さらに後日談: 男女を問わずにブラジルの人は踊りが好きなのかと思ったら, そうではないらしい. ある日, 友人の娘さんの誕生パーティに招待してもらった. 場所は最近ブラジルで流行らしい videoke (ビデオケ) のあるレストランで, おもに, 13歳から15歳までのその娘さんの友達が集まり, その他, 両親の友人親戚などが集まって, それはにぎやかな集まりだった. ビデオケでさんざん歌って飽きると, 今度はCDをかけてダンスし, それに飽きるとまたビデオケ, ダンス, ビデオケ, ダンス, ... という進行で, 最後はケーキが出てきて主役がロウソクの火を吹き消し, 切りわけて皆で食べて解散ということになった.

で, ちょっと余計な説明をしすぎた観がありますが, 何が言いたいかというと, そんダンスの時に踊っている子をよく見ていると, 猛烈な勢いで躍りまくっているのは大体女の子ばかり. で, 男の子で踊っているのはせいぜい2,3人で, 他はじっと席に着いたままジュースを飲んだりしている. 友人の説明によると, 一般にブラジルでは, 女性は全員踊るのが大好きなのだけれど, 男性は恥ずかしがってかあまり踊らないとのこと. 「でも, IMPAのあのパーティでは, みんな踊っていたよ」というと, ある程度アルコールが入ってくるとやっと踊れる, という所らしい. 踊っている女の子の中には, もう, 日本のプロダンサーも顔負けという感じのリズム感で, ものすごく上手い子もいる. この頃からさんざん踊っているのだから, 大人になったときにこちらの人間が踊りが上手なのもよく理解できる.

注: ビデオケとは, 日本でいうところのカラオケと同じ. 一方, ブラジルにもカラオケはある. これは何かというと, 伴奏を生バンドが行い, 歌詞や映像が出るモニターは無い. 当然リクエスト出来る曲数も多くない.
さらにさらに後日談: ちょっと脱線だけれども, ビデオケに関して... (これは一種のグチです) ある日, 日系人の集るパーティに行った. みんなでビデオケしよう, という企画である. 通信カラオケはまだこちらには無いようであるが, 曲のジャンルなどによって, 多分 ROM なのでしょう, マッチ箱より大きいけれど煙草の箱より小さいカートリッジを, カラオケの器械に差し替えて, 色々な曲を流す仕組みになっている. で, さすがブラジル! 日本語の歌のカートリッジもあり, 日本で言うとオジサンがよく唄うようなナツメロがかなり揃っている.

しかし, 難点を言うと, まず, 歌詞の字幕はすべてローマ字表記である. たしかに, 日系人は日本語は上手いのだけれど, 日本語の読み書きになると, まったくダメな人とか, ひらがななら読み書きできるとか, 人によってそのレベルは異なるからである. で, かな漢字でなくても自分のペースで読むなら何ら問題は無い. しかし, うろ覚えの歌詞の場合, ローマ字表記を読みながら唄っていると, これは結構しんどい. 漢字が混じっていれば瞬時に先の方まで歌詞が解るのだけれど, ローマ字表記だと一字一字読まなければ何て書いてあるか分からないし, さらに頭の中でかな漢字変換をしないと歌詞の意味が解らない. なぜかマイクを握りつつ, 字幕の出ているディスプレーにニジリ寄ってしまった.

さらに, 難点を言うと, 正しい日本語のヘボン式表記とかではなく, 韓国風発音をローマ字表記している. 実は, 器械 (そしてROM) は韓国製だそうで, 無理は無いのだけれど, たとえば, ナツメロの歌詞によく出てくる 『恋 (こい)』 という言葉は (読み仮名を振る必要はないけれどね), 『goi』 と字幕に出る. だから, といったらなんだけれど, 歌詞に間違いも少なくなく, ローマ字表記の解読に夢中になって唄っていると, 全然日本語にはならない歌詞を唄ってしまうことがある.

最初は, 日系2世3世の紳士淑女に, 正しい日本語の発音を, ネーチブスピーカーのカジハジメが披露して見せようなどと, 意気込んでいたのだけれど, 『こい』と唄うべきところと律儀に『ゴイ』などと発音してしまい, これは結構, 個人的に恥ずかしかった.


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