教育者としての有馬先生

石村貞夫

出来の悪かった私としては、有馬先生がどのような研究者だったのかよく分かりません。先生の研究室に入った頃は、他に優秀な人たちがたくさんいたこともあって、あまり可愛がられませんでした。ある時、セミナーで使っていた教科書の定理の証明が分からないので、先生にその証明をたずねに行くと、
「君ねー、それを考えるのがセミナーの意味なんだよ!」。

その後、先生の本のお手伝いをするようになってから、いろいろな数学以外のお話を聞かせていただきました。 その頃すでに結婚していた私には、小さな子がいました。私は先生に子育ての話をしていたのですが、

「子供の教育はとても大切なんだよ」
といって、先生はお子さんの参観日の出来事の話を始めました。

当日、先生が参観日の授業を聞いていたとき、担任の先生が「為せば成るといいますから、皆さんもがんばって勉強しましょう。」と、言われたそうです。それを聞いた有馬先生はすぐさま手を挙げて、

「教育者は子供達にそんな無責任なことを言ってはいけない。世の中には、どんなにがんばっても出来ないこともある。」
と大勢の親達のいる前でいわれたのだそうです。担任の先生としても、子供達のいる手前、自分の意見をすぐ取り消すわけにも行かず、二人は口論を始めました。そしてとうとう、有馬先生は、
「何でもできるというのなら、あなたは今すぐ、あの向こうの山まで飛んでみなさい!!」
と言ったのだそうです。

担任の先生は、子供達を励ますために「為せば成る」言ったのだと思いますが、有馬先生にとっては、我慢のならない内容だったようです。 もともと、数学者は他の人たちと違っているらしく、変わった人が多いようですが、この話を聞いたとき、「先生もちょっと変わっているなー」と思ったことでした。 私も数学者だったせいか、時々、「あなたは変わっている」と言われますが、私の場合は、単に常識が無いだけのようです。

[2003/02/21]


戻る